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手作りバスコレクションの達人!! デザイナー・三浦真さん

手作りバスコレクションの達人!! デザイナー・三浦真さん

三浦真さん

少年の頃に出会った「バスへの想いはさめることはありません」と語る三浦真さん。

手作りとは思えないほど精巧な展開図やボディの構造模型、ていねいにリライトされた設計図やイラスト、愛情たっぷりにデフォルメされたペーパークラフトまで、「バスのミニミュージアム」とご本人が呼ばれるアトリエには、60年間にわたる手作りの見事な作品の数々が、所狭しと並べられています。

バス会社の懇談会や、自治体の工作教室など、さまざまな講演会のために作られた、バスの歴史と作品が合体した「バス車両変遷史」は、バス100年の歴史を自作模型を交えながら語られるもので、バスの歴史を理解する上でも大変基調な資料でした。
また、工業デザイナーとして活躍されていた時に、オリンピックで活躍した「ワールドバス」というバスのデザインまで担当されたというエピーソードは、世間でもあまり知られていない貴重なバスの歴史のひとこまとして、大変興味深いものでした。


■少年時代から変わらないバスへの想い

2005年度日本自動車殿堂の表紙
三浦さんが子供の頃に読んだ科学雑誌

子供のときから乗り物が好きでした。戦争の頃は軍艦や戦車、戦闘機などの「戦争の乗り物」が新聞にイラスト入りで出るのが楽しみでした。しかしバスに対しては、「旬」の乗り物などという捉え方ではなく、特別な何かを感じていました。
今年で75歳になりますが、60年間、同じペースでずっとバスの作品を作っています。もちろん高校時代にはスポーツなどいろんな趣味の活動もやりましたが、クラフトの趣味だけはずっと変わらずに続けています。バスそのものが好きなんです。この気持ちは10歳の頃から同じだと思います。
日本バス協会の最近の統計では、バス事業はマイナスの成長というデータもありますが、バスファンとしてはとても残念に思います。
紙のクラフトに興味を持ったのは、小学校時代、科学雑誌がきっかけです。雑誌の乗り物や工作の記事に夢中になって、ファンレターを編集部に送っていました。中学から高校にかけては、写真などの少ない資料を元に、イラストを描いたり、モデルやグッズを自分で作って楽しんで、地元のバス・トラックディーラーに寄贈展示されました。

■バスメーカーへの手紙と交流

三浦さんのバスミニミュージアム
作品が並ぶ三浦さんのアトリエ兼ミニミュージアム
 
五十嵐平達氏
三浦さんからいただいた手作りのマグネットステッカー

科学雑誌へのファンレターはその後、バスメーカーとの「文通」につながります。バスの資料はないかとバスメーカーに手紙を出すようになりました。バスファンとしては、どうしてもバスのカタログが欲しいので、バスメーカーに送ってもらう代わりに、そのお礼に必ずバスの話や自作の手作り作品をつけて手紙を出すようにしていたのです。
今では手紙を出しても、「おひとりさま一部」などと事務的にまとめて対応するようになってしまいましたが、昔はわりとおっとりとしていて、会社を応援してくれる人がいると思っていただけたり、バス事業のPR、啓蒙として捉えてもらって、カタログや写真、外部に出して差し支えない図面や展開図も送ってもらえたものです。
このような手紙をきっかけに、大手バスメーカーの方々とも長く文通させていただき、名古屋などの遠方のご自宅にまで訪ねていったこともあります。お付き合いが続いた方の中には、その後出世されて、社長や部長まで務められた方もいらっしゃいますし、技術部の懇談会の講師として招かれたり、新型バスの発表会や展示会で手作りの模型を展示させていただいたり、さまざまな交流へとつながっていきました。

■バスファンからの手紙と交流

ボンネットバス伊豆の踊子号の写真
雑誌『旅』(1992年6号)に掲載された三浦さんの記事
この記事をきっかけにバスファンとの交流も広がった

JTBが発行していた『旅』という雑誌がありました*1。鉄道や旅をテーマとした記事が多い中で、1992年6号の「バス旅最新旅行術」という特集で、私の記事が掲載されました。この雑誌は、その後別の出版社に版権が譲渡され、今では廃刊になったと聞いています。大正時代から発行されていたもので、読者は高齢者が多かったそうです。
その雑誌に記事が出たあと、小学6年生のお孫さんをもつ方からお電話をいただきました。その小学生が私の作品にとても感動して、おばあさんから電話をしてくれ、と頼まれて私に電話をかけてくださったそうです。その子からは手紙も送ってくれましたので、私の作品をつけて手紙を送り返しました。それからは若いバスファンとも交流が広がり、今でも若い方とのつながりをもっています。
手書きの手紙とそれに作品をつけるこうしたスタイルも、60年間全く変わりません。

[*1:雑誌『旅』1924年4月、日本初の本格旅行雑誌として日本旅行文化協会(JTBの前身)が創刊。戦時中は一時休刊したが、1946年にJTB(日本交通公社)が復刊し、1957年から松本清張の「点と線」を連載したことでも有名。2004年の創刊80周年には発行元が新潮社に移り、2012年1月20日発売の3月号(1002号)で再び休刊]

■東京オリンピックのワールドバスをデザイン

『日本のバス1982』の写真
三浦さんがデザインしたワールドバスのカット模型
『日本のバス1982』の写真
『マテリアル』誌に掲載されたワールドバスの記事

バスは趣味として考えていましたが、工業デザイナーをしていた頃、本物のバスの仕事が舞い込んできました。それが「ワールドバス」です*2
富士市のバス会社が東京オリンピックで外国人向けの貸切バスを東京で運行させる話があり、そのバス会社の代理店に勤めている知人から、バスが好きだったらボディーデザインをやってみないか、と頼まれました。
今ではこのバスのことをご存じの方はほとんどいらしゃらないと思います。バス会社の80周年記念で、模型会社がこのバスの模型を作ろうとしたときにも、バス会社には資料がなかったため、私が持っていた当時の図面を提供したほどです。この模型はそのバス会社の取引先に行き渡って、すぐに完売してしまったそうです。
バスのデザイン作業では、モデルや展開図はありませんでしたが、スライド撮影をして、スライドビューアーで40~50インチぐらいの映像にまとめて投影し、バス会社の方とデザインを検討しました。
このバスのデザインの大きな特徴は、窓を大きくしたことです。当時は日本一のサイズでした。1977年にはスケルトン*3が登場して、角型のボディーラインのバスも一般的になりましたが、このヨーロッパ型の車体のバスを、当時はどうしても作りたくて、このようにデザインしました。

[*2:「ワールドバス」は富士急行株式会社がオリンピックで急増する外国人向けに開発したデラックスバス。10カ国語同時ガイド装置で日本の歴史、芸術、地理や観光名所などをガイドするほか、5段式のリクライニングシート、冷暖房装置、軽飲食が提供できる設備を装備し、シルバーグレーと白の落ち着いた外装と明るい内装で、当時は日本最大と言われた大きなフロントガラスが特徴]

[*3:1977年に日野車体工業が日本で初めて製品化して「スケルトン」の名が広まった「角型鋼管溶接構造」のバス。エンジンやドアの位置、窓の形と大きさなどの自由度が大きいのが特徴]

■バスコレクションから広がる世界

『BUSRAMA INTERNATIONAL』創刊号
日本バス協会の『バスの日イベント』で配布された
三浦さん作のペーパークラフト
『BUSRAMA INTERNATIONAL』創刊号
自作の『バス車両変遷史』でバスの歴史と作品を
紙芝居のように語る三浦さん

日本バス協会でも、バス事業100周年の際にバスのペーパークラフトを作りました。一人でも多くの方がバスを利用するようになってもらいたい気持ちで、1991年から3年間ペーパークラフトの企画を担当しました*4。ペーパークラフトでは、ほかにもバス会社の連節バス導入記念で「ペーパークラフト付きの記念切符」を作ったことがあります。
東京・杉並区の自治体の乗り物の企画展*5にも自作モデルを展示したり、併催された工作教室の講師を勤めたこともあります。その工作教室では、午前中は子ども向け、午後は高校生向けでしたが、できるだけ時間内に終わるようなものを選んで、とにかく個人で楽しんで作れるようにしたいと思っていました。
他にも、雑誌への記事執筆のほか、雑誌や新聞の取材を受けることもあり、講演を依頼されることも増えました。講演の時には、自作イラストやモデル作品を集めた『バス車両変遷史』を使って、バスの話をします。
最近では、多摩美術大学の講師として、デザイナーとしての経歴やバスコレクションの経験を踏まえて、学生に公共交通やバスの講義を行っています。デザインや工作の、手作りの大切さや素晴らしさを伝えられればと思っています。

[*4:バスの日イベント「BUS TALK 90(1990年・日本経済新聞社主催/三菱自動車協賛)」でのペーパークラフト展示をきっかけに、日本バス協会及び各都道府県バス協会の「バスの日」イベント会場で配布された]

[*5:杉並区立郷土博物館・企画展「すぎなみのバスものがたり」]


インタビュー後記

『BUS STOP』編集部に、バスへの熱い想いが伝わる一通の手紙が届きました。今回ご紹介した三浦真さんからのお便りでした。三浦さんの作品は、日本バス協会のイベントでも配布されたことがありますが、60年間の作品群を実際に目の前にしてみると、その精巧さと迫力に圧倒される想いでした。何かひとつお話をお伺いすると、それに関連したバスにかかわるさまざまなエピーソードが次から次へと飛び出してきます。ここでは取り上げきれないほどたくさんのバスのお話をお伺いしました。60年間、ずっと持ち続けた少年のような純粋なバスへの情熱にも、ただただ圧倒されるばかりでした。惜しむらくは、三浦さんの300にもわたる手作りバスコレクションをここでご紹介できないことです。紙芝居のように見せる『バス車両変遷史』は、自作の作品がそのままバスの歴史ときちんと重なっています。そのまま工作つきの絵本にしても、きっと楽しい読み物になることでしょう。もしチャンスがあれば、バスの歴史とともに歩んでこられた三浦さんのすばらしい作品群を、作品集としてご紹介することができればと願っています。


三浦 真(みうら まこと)プロフィール

1936年(昭和11年)福島県いわき市生まれ。福島県立福島高等学校、桑沢デザイン研究所卒。
1955年トヨタグループ・セントラル自動車設計課の車体デザイン業務を経て、工業デザイン事務所でデザイナーとして活躍。1963年には東京オリンピックの外国人客輸送用の観光バス「ワールドバス」のエクステリアデザインも担当した。
2003年〜2009年には、クラリオン刊の『バスウェーブ』誌のバスモデルエッセイ「バスを創る」を連載した他、広島市交通科学博物館や杉並区の展示会などへの作品の出展、工作教室の講師も務める。2000年〜2011年には、多摩美術大学の講師として、デザインや公共交通に関する講義を担当。



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